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【星空への憧憬】見上げた宇宙で、手と手をつなぐ~さきがけ・すいせい~

まえおき

この記事は星や宇宙をテーマにしたPCゲーム『星空のメモリア』『アストラエアの白き永遠』が好きな管理人がそれらのテーマに関わる話を紹介する記事です。

☆この記事は『アストラエアの白き永遠』から日本の宇宙開発についての話を紹介する記事です。
☆この記事には人工衛星の擬人化要素が含まれます。
☆この記事は主にしきしまふげん著『現代萌衛星図鑑』と、ネット上の情報を引用、要約した記事です。
 書籍と併せて、JAXAのアーカイブも大いに参考にしています。
 http://www.isas.jaxa.jp/j/japan_s_history/chapter05/index.shtml
 また、このエピソードについては過去にNHKで放送され、現在は有料のオンデマンドで見ることができます。
(管理人は見てないですが…)
http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic_131128.html
☆管理人は専門の知識は全くありません。技術的な部分については完全にコピペです。ご了承ください。

現代萌衛星図鑑現代萌衛星図鑑
(2009/06/10)
しきしま ふげん

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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
太陽系を周回し、76年に1度地球に接近する彗星ハレー。
人類史に29回の観測記録が残されているこの彗星が、再び地球に近づきつつある。
遥か天空を往くハレー彗星に対し、過去の人々ができるのはただ見上げ、怯えることだけであった。
しかし今度は違う。我々には星の世界に届くロケットがあり、過酷な環境を生き抜ける探査機がある。
1986年3月、2000年以上にわたる観測史のなかで、人類は初めて”彼”に対決を挑む。
『現代萌衛星図鑑』より

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

史上初の快挙、フィラエが彗星表面に着陸
ヨーロッパの探査機「ロゼッタ」の着陸機「フィラエ」がチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸した、というニュースが話題になりました。その後、着陸地点が予定と違ったなど完全な成功とは言いがたいようですが。
探査機「はやぶさ」の小惑星着陸に対してこちらは史上初の彗星への着陸ということで大いに関心を集めたことでしょう。
さて、今回のお話は今から30年近く前、史上最も有名な彗星に挑んだ探査機達の話です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
宇宙開発史上最大の作戦と言われるハレー彗星観測プロジェクトは、1981年ローマでの「パドヴァの誓い」から始まりました。まだ世界が東と西に二分された冷戦の時代。アメリカ、ソ連、ヨーロッパ、そして日本が共同で観測を行う一大プロジェクトです。

その一角に名を連ねたものの、当時の日本の宇宙開発はまだ発展途上。名乗りを上げたは良いものの、ハレー探査は日本が地球以外の星に探査機を送る初めての”惑星間探査”だったのです。
初めてなので何もかもがありません。主に足りないのは4つ。
1.探査機
そもそもそんな遠くまで旅に出る探査機を作ったことがないのです。
2.ロケット
探査機を作ったことがないのだから遠くに飛ばすだけの力があるロケットもありませんでした。
3.アンテナ
探査機を飛ばすことができても通信ができなければ何の指示も出せません。ですがそんなアンテナは日本のどこにもありません。
4.プログラム
アンテナから指示を出すといっても時差があるので探査機自身の判断で航行する能力が必要です。ですがそんなプログラムもありません。

こんな無い無い尽くしの状況ですが、ハレーはこちらの準備を待ってくれません。1985年の打ち上げを目指し、関係者は奔走します。
まずはロケット。それまでの2.5倍の打ち上げ能力を持つM-S3Ⅱ型ロケットが作られました。この後長きに渡り多くの衛星を宇宙に送り出すことになります。
そして最初の打ち上げのわずか2カ月前に長野県臼田市に出来たのが64mの巨大なパラボラアンテナ。
後に「はやぶさ」をはじめとする数多くの衛星を助ける地上の頼れる守り人です。
航行プログラムは5年をかけて10万ステップにも及ぶものになりました。(これがどのくらいの規模なのか分からないのが申し訳ないです)
そして生み出されたのが日本初の惑星探査機、MS-T5「さきがけ」とPLANET-A「すいせい」。
この2機は同じ機体ですが「さきがけ」は試験機としてM-3SⅡロケットの最初の打ち上げで先に宇宙に打ち上げられ、その際に得た情報を元に地上で「すいせい」の調整を行います。
そして万全の状態で「すいせい」を打ち上げるという二段構えの作戦です。

1985年1月、まず最初のM-3SⅡロケットで「さきがけ」が打ち上げられます。後にいくつもの衛星を空に送るM-3SⅡロケットの船出でした。
そして8月、前回の経験から精度を増したロケットで「すいせい」が打ち上げられました。2人の経過は順調。航行プログラムは進むべき航路を示し、地上のアンテナからの声もはっきりと届きます。

無事打ち上げられ「すいせい」と名付けられて以降のことですが、会見などで「すいせい」がハレーを指すのか探査機を指すのか記者に確認されることが多々あったとか。

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ハレー艦隊

そう呼ばれることになる彼らはソ連の「ベガ1号、2号」、欧州宇宙機関(ESA)の「ジオット」、日本の「さきがけ」「すいせい」アメリカの「アイス」で構成されます。
アメリカは、本当ならばこのために衛星を新造するはずが頓挫し、別の任務に当たっていた衛星「ISEE-3」をハレー彗星探査に回し、新たに「ICE」と名前をつけ直すという、苦肉の策を取ることになりました。
ただ、遠くから駆けつけたため、他国の衛星から一歩遅れての参戦となってしまいました。

そして1986年3月。地球から遙か1億5000万キロの彼方の宇宙で戦いが始まります。

まず先陣を切るのはソ連のベガ1号。日本の探査機が140㎏とコンパクトなのに対してソ連のベガは2.5t(!)
まさに大戦艦です。
その頑丈さでハレーが撒き散らすダストの中を9,000㎞まで接近して観測を行います。
次は「すいせい」が150,000㎞の遠距離から広範囲での観測を行います。日本の小さな衛星ではハレーに近づくことはできませんが、広範囲を見渡しての観測を担当します。
適材適所。ハレーの正体を明らかにするために連携を取り各国それぞれの観測範囲を分担します。続けて「ベガ2号」「さきがけ」もデータを採取。
最後にハレーに突撃する「ジオット」に道を示します。
ハレー海戦の最後を締めくくる欧州の「ジオット」は重量1t。硬い装甲に覆われ、ハレーに最接近し彗星のコマを撮影する使命を帯びています。その距離なんと600㎞。他の探査機と比較するととんでもない近さだと分かるでしょう。
強固なケブラー装甲を盾に1秒に120個ものダストが飛び交う空間を突き進み、秒速68㎞でハレーと交錯したジオットのカメラが捉えたのがハレー彗星の正体でした。
それは、彗星は「黒い雪だるま」という仮説を決定づけるものでした。こうして、2000年に渡り未知の存在だったハレーの真の姿が明らかになったのでした。

その後、アメリカのアイスが少し遅れてハレーを観測し、ハレー艦隊の戦いは終わりました。
「さきがけ」「すいせい」の2人はそれからも宇宙で観測を行い、特に「さきがけ」は1999年まで長く活動し、日本の宇宙開発に貢献してくれました。

これ以降、国際宇宙ステーションを始めとする国家の枠を超えた宇宙開発の協力姿勢が築かれていくことになります。その第一歩が、このハレー艦隊の戦いだったのです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ハレー艦隊のエピソードは萌え要素は一切ない、燃えしかないといっていいのではないでしょう。
未知の彗星に挑むスペクタクル。東西冷戦の中でイデオロギーを越えて一つになる世界。まるでフィクションの中の物語です。
次にハレー彗星が地球に接近するのは2061年。50年近く先の未来、人類は第二のハレー艦隊をもって彗星に戦いを挑むでしょう。それは一体どんな艦隊なのでしょうか。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なんて夢のような光景なんだろう
ハレー彗星まで15万キロメートル
禍々しい毒の尾を引いて飛ぶ76年ぶりの来訪者に
我が艦隊は距離を詰める
アメリカ、ソ連、ヨーロッパ、そして日本
各国が送り出した6機の探査機による艦隊が
永く人類に恐怖と混乱を振りまいてきたあのハレーを迎え撃つのだ
なんという光景だろう
そこには西も東もない
地球ではお互いに核弾頭を突きつけあっているというのに
『現代萌衛星図鑑』より



現代萌衛星図鑑 第2集現代萌衛星図鑑 第2集
(2014/11/19)
しきしまふげん

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